【歌声の響】を三浦大知が歌う理由は?歌詞の意味と両陛下が込めたお気持ちも!

「歌声の響」という歌をご存知ですか?

2019年2月24日(日)に行われる天皇の在位30年記念式典において、歌手・ダンサーの三浦大知さんが披露する歌です。

この曲は、天皇皇后両陛下が作詞・作曲された曲です。

でも一体なぜ三浦大知さんが歌うことになったのでしょう。

平成を彩ってきた歌手はたくさんいますよね。

選出された理由が気になります。

気になったので、調べて推察してみることにしました。

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「歌声の響」とは?

「歌声の響」は、平成天皇の在位30年記念式典の中で披露されます。

この曲の存在を知らなかった人は、式典用に作られたのかなと思ったに違いありません。

ニュースの見出しだけを見ると、そのように勘違いされた人も多かったでしょう。

実は「歌声の響」は、天皇陛下が皇太子時代に作られた曲なのです。

1975年7月にご夫妻で沖縄訪問をされた際に、名護市のハンセン病療養所へ慰労に行かれました。

ハンセン病は、皮膚や末端神経に「らい菌」が感染し、発症する感染症です。

治療が遅れると、指や手足に知覚マヒや変形を現れることがあり、恐れられていました。

当時、この恐れられた症状は近寄るとうつるということで、強い差別の対象となっていました。

実際には、感染力は高くなく、国内では年間数人が発症する程度の病気です。

そのように差別対象となった病気の療養者を想い、両陛下は慰問されたのでした。

その際に、療養所の人たちが感謝の気持ちを伝えるのに船出歌を歌ったそうです。

それが「めでたいとき」に地元で歌われる「だんじょかれよし」でした。

この歌の響きや、見送りの笑顔が忘れられず、心に残っていることを綴ったのが「歌声の響」なのです。

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両陛下の沖縄への想いと「歌声の響」

「歌声の響」が作られるきっかけとなった沖縄訪問は、沖縄が日本に返還された3年後のことでした。

昭和天皇の名のもと行われた戦争において、沖縄は見捨てられたという感情が強かった時代です。

『石を投げつけられてもよい』という強いお気持ちで、最初の訪問をされたとのことでした。

実際には、火炎瓶の投げつけなどの事件もありましたが、療養所慰問などの思い出深いものとなりました。

一方、天皇陛下と沖縄とのつながりでは、薩摩藩と琉球王国の関係にまでさかのぼることができます。

天皇陛下の母方祖母は、旧薩摩藩主の島津家出身で、曾祖父は薩摩藩最後の藩主である島津茂久でした。

島津家は、江戸時代初期に徳川家康の承認の元、琉球王国を征服しました。

また、明治維新後には、琉球王国を廃止させ、沖縄県を設置させました。

陛下ご自身の祖先が、沖縄に対し行ってきたことを知ったことで、思い入れは大きかったに違いありません。

皇太子時代に5回、天皇即位後に6回、沖縄に訪れているのです。

そのため、ご自身の在位30年記念式典に歌われる曲として、沖縄を想い作られた「歌声の響」を選ばれたのかもしれません。

三浦大知が選ばれた理由は?CDも気になる!

両陛下にとって大切な曲である「歌声の響」は、三浦大知さんが披露することになりました。

この曲は、両陛下と沖縄をつなぐ大切な曲です。

三浦さんが選出された理由は、

  • 沖縄出身である
  • 知名度が高い
  • 実績もある

ということが考えられます。

ところで、三浦大知さんという名前は理解できても、顔や歌が出てこないっていう人いないでしょうか。

そのような人の場合、年末の歌番組を通じて、耳にしているということが考えられます。

普段テレビを見ない人でも、年末歌番組を見る人は多く、その時に目や耳にしている場合が多いのでしょう。

耳に響くボーカルは、抜群の歌唱力を証明し、そのダンスは和製マイケルジャクソンと称されています。

そのため、番組内で披露されたダンスにも注目したということから、印象強かったのかもしれません。

ここ数年で脚光を浴びた三浦大知さんですが、実は2005年にソロデビューしています。

ダンスボーカルグループのFolderでは1997年より歌手活動していましたので、キャリアは長いですよね。

このようなベテランボーカリストの三浦大知さんが聴かせてくれる「歌声の響」。

沖縄に想いを寄せたこの歌を、三浦大知さんのボリュームはどのように表現するか、今から楽しみですね。

CDも探してみましたが、現時点では三浦大知さんが歌っているものはありませんでした。(そりゃそうですね。)

見つけたのは、日本を代表するソプラノ歌手・鮫島有美子が歌い上げる「歌声の響」です。

【CD付】天皇陛下御作詞 皇后陛下御作曲 歌声の響

三浦さんの歌と聴き比べてみてもいいですね!

「歌声の響」の歌詞の意味と込められた思いは?

最後に、「歌声の響」の歌詞についてご紹介します。

陛下は、一番最初に次の句を詠み、療養所に送ったのだそうです。

『だんじよかれよしの 歌声の響  見送る笑顔 目にど残る』

これは、『私たちの旅の安全を願うだんじよかれよしの 歌声がひびき、見送ってくれた人々の笑顔が、いつまでの目に残っています。』

という意味の琉歌でした。

特別な歌があればということから、皇后陛下が作曲をなされ、その際にもう一首陛下が琉歌を読まれました。

『だんじょかれよしの歌や湧上がたん  ゆうな咲きゆる島 肝に残て』

これは、『私たちが立ち去ろうとすると だんじよかれよしの歌声が湧き上がりました。ゆうなの花が、美しく咲いている島の人々のことがいつまでも心に残っています。』

という意味の琉歌です。

このように、陛下の沖縄の人に対する思いが詰まった歌詞となっているのです。

このことを頭に置き、陛下のお気持ちに寄り添って歌を聴いてみると、感動も違ってくることでしょう。

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