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元俳優根津甚八の死因は肺炎。名医の格言から考える闘病人生

2017/01/03

元俳優の根津甚八さんが、12月29日の午後に死去とのニュースが入りました。享年69歳。
死因は肺炎とのこと。

根津氏のこれまでを振り返ってみます。

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根津甚八氏のプロフィール

本名:根津 透(ねづ とおる) 
生年月日:1947年12月1日(69歳の誕生日を迎えたばかり)
家族:歯科医師の家の三男
学歴:日本大学第三高等学校卒業、獨協大学外国語学部フランス語学科中退

俳優としての主な経歴

1969年 唐十郎が主宰する劇団・状況劇場に入団(-1979年)
1970年 俳優デビュー
1978年 NHKの大河ドラマ「黄金の日日」に石川五右衛門役で出演
1979年 NHK制作の「失楽園'79」、映画「その後の仁義なき戦い」などで主演
1980年「影武者」(黒澤明の映画)
1982年 映画「さらば愛しき大地」に主演(主演男優賞受賞)
1985年 「乱」(黒澤明の映画)

また、私生活では1994年に45歳の時に、2年の交際を経て、15歳年下の仁香さんと結婚しました。

っと、ここまでを振り返ると、俳優として順風満帆な人生です。

人生の転機

しかし、結婚前後から根津氏本人の意思とは無関係に、人生が暗転し始めます。

1993年 海外ロケで腰椎を痛める(結婚前)
2002年- 右目下直筋肥大という顔面の奇病を発症

※この右目下直筋肥大という病気は、原因も不明とのこと。右目を動かすことが難しく視力も低下、ろれつも回らなくなるような難病で、俳優としての活動を縮小

そこから、この奇病が原因なのか、決定打ともいうべき交通事故を引き起こしてしまいます。

2004年 自動車事故の加害者となり、自転車に乗っていた被害者は死亡

その後、テレビや映画に出演しなくなった根津甚八が世間から注目されたのは、妻の告白でした。

2009年 雑誌『週刊現代』に掲載された妻根津仁香さんの手記から、根津氏がうつ病であることが判明。
2010年 俳優業を引退することを公表

その後一度は、2015年に映画『GONIN サーガ』に出演したもの、以降の復活はありませんでした。

格言から考える根津甚八の闘病生活

  • 椎間板ヘルニア
  • 右目下直筋肥大
  • うつ病
  • 肺炎

と、根津甚八氏長い間、壮絶な闘病生活を送っていました。

元プロ野球のスター清原和博氏のように、覚せい剤に手を染めたことで人生が暗転した場合は、自ら行いを責めればよいのでしょう。

しかし、根津氏のように本人の不祥事や不摂生ではないのに、人生が暗転してしまったのは、本人はもちろんのこと、妻の妻根津仁香さんもさぞ辛かったことでしょう。どこに気持ちのやり場を持っていけばいいのでしょうか。

ちょっとそのことが気になって、言葉を探しました。

日本を代表する俳人・歌人である正岡子規は、長い間床に臥した歴史上の偉人です。その正岡子規が残したのが次の格言です。

死は恐ろしくはないのであるが苦が恐ろしいのだ
出典:まるちょん名言集 

・・・確かに、きっとそうなのでしょうね。

ただ、もっと気持ちが少しでも和らぐ言葉がないか調べてみました。その結果、心臓血管外科医の須磨久善氏の格言がiSee-Labの目に留まりました。

病気って、魔法みたいに、全く気づかなかった人生のとっても大事なことを、いとも簡単に気づかせてくれるということもある。

例えば、家族の暖かさだとか、友達の優しさだとか、その当たり前の身の回りにある事がどれだけ大事なことか、どれだけ素敵かっていうことをね、すごく簡単に気づかせてくれるんですよ。

出典:まるちょん名言集 

華々しい俳優人生を送ってきた根津甚八氏は、病気の不運を嘆いたこともきっとあるでしょう。

しかし、妻である根津仁香さんの愛情とか、周りの人間の温かさとかに気づいて、最後は本人がいい人生を全うしたと納得して、あの世に旅立ったと信じましょう。

ご冥福をお祈りします。

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