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稀勢の里が田子の浦親方と不仲となった理由(原因・きっかけ)は何?

2017/06/01

稀勢の里が19年ぶりの日本人横綱となり、2017年は日本中がフィーバーとなっています。
その一方で、稀勢の里は現師匠である田子の浦親方と不仲(確執がある)と言われています。

今回は、横綱と親方の不仲の理由(原因・きっかけ)について調べてみました。

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稀勢の里が中学卒業後に入門した部屋と選んだ理由は?

横綱稀勢の里は、現在田子の浦部屋に所属する力士です。しかし、後の横綱となる萩原寛少年が地元の龍ヶ崎市立長山中学校を卒業後に入門した相撲部屋は、千葉県松戸市にある鳴門部屋でした。

鳴門部屋に入った理由を、稀勢の里はこのように答えています。

- スカウトではなく、自ら門をたたかれたそうですが、鳴門部屋を選んだ理由は何ですか?

角界でも稽古量が多いと聞いていたし、強くなるためにはやっぱり稽古だと思いまして。

出典:wikipedia
出所:— 茨城県公報広聴課「いばらき魅力人ファイル」2004年7月31日

稽古の厳しい部屋に、自ら飛び込んでいった稀勢の里。相当な覚悟を持って相撲界に入ったことが伺えます。努力の人ですね。

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稀勢の里と田子の浦親方が不仲になったきっかけは何?

入門した稀勢の里を稽古(指導)した師匠は、13代鳴門部屋親方(元横綱・隆の里)です。
現役時代に横綱まで上り詰めた13代鳴門親方は、弟子達の稽古にも大変厳しいことで有名でした。

でも、13代鳴門親方の厳しい指導があったからこそ、稀勢の里は2004年11月場所で、貴乃花に次ぐ年少2番目の記録(18歳3カ月)で番付を駆け上がり、新入幕を果たしました。

その後、一進一退を繰り返しながらも、関脇にまで上り詰めます。そして、2011年11月場所は、大関への昇進がかかった場所となりました。

しかし、この11月場所の直前に尊敬する師匠の13代鳴戸親方(元横綱・隆の里)が59歳の若さで急逝。

そんな状況の中で臨んだ稀勢の里は、10勝5敗と勝ち越し、なんとか大関に昇進できました。

ただ、この13代鳴戸親方の急逝がきっかけで、その後ゴタゴタに巻き込まれることになります。

そして、結果的に現在の師匠である16代田子の浦親方(元幕内・隆の鶴)と不仲(確執)の原因となるのです。

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