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牛久市出身の稀勢の里が龍ケ崎市の小学校・中学校だった理由

2017/01/29

横綱となった稀勢の里の出身地は、茨城県牛久市です。日本相撲協会のプロフィールでも出身地は牛久市となっています。

でも、卒業した小学校・中学校は、牛久市にはありません。隣の龍ケ崎市にあります。何故でしょうか?

疑問に思ったので調べてみました。

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稀勢の里の出身の小学校・中学校は?

稀勢の里(本名:萩原寛)は、兵庫県芦屋市に生まれ、2歳の時に茨城県龍ヶ崎市に引っ越しています。

卒業した小学校は、龍ケ崎市立松葉小学校です。また、卒業した中学校は、龍ヶ崎市立長山中学校です。そして、中学校卒業後は高校に進学することなく、田子ノ浦部屋の前身である鳴戸部屋に入門します。

ということは、稀勢の里が幼少期を過ごしたのは、龍ケ崎市ということになります。牛久市との関連を見出せません。

 

なぜ龍ケ崎市の小学校・中学校?

よく調べてみると、現在の稀勢の里こと萩原寛少年は、中学2年生のときに牛久市に転入しています。そこから、中学校を卒業するまで実家のある牛久市で暮らすことになります。

牛久市と龍ケ崎市は隣接しているので、牛久市内の中学校に転校するよりも、そのまま龍ケ崎の中学校を卒業することを選んだのですね。

これが、牛久市出身の稀勢の里が龍ケ崎市の小学校・中学校を卒業した理由なんですね。なんか、素朴な疑問が解決してスッキリしました。

稀勢の里が牛久市出身と言っても、実家がある牛久市に住んでいたのは、中学2年から中学卒業までのわずかな期間だったのですねー。

 

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